え、まあ、趣味とか雑事とかだぜ?
ここに一隻の船がある。
外観は……何でもいが、50人程が乗れる物で良いだろう……ただ、激しい航海だったのだろう、あちこち傷がついてしまっている。
船の名前は例えば「iisi」号で良いだろうか。
この船は今から修繕されるべく船大工達の手にかかっていた。
船長は港でぼんやりとそれを見ている。
若い人足が空き缶にコーヒーをいれてやってくる。
ふ、と沖合いに眼をやりながら「ところで」と問う。
「海ってのはどれかね?」
男はぎょっとする。
「それですよ、それ」
「この水たまり?」
「そうですとも」
「それじゃあ、お前が渡してくれたこの缶……コップ……いや、なんでもいい、これにだね……こう海に突っ込んで水を入れるとするだろう?そしたらこの空き缶の中に入ってるのは海かね?」
「さあ、違うんじゃないですか?」
「じゃあ何?」
「海水」
「なら、この空き缶を海に突っ込んだままにしておいたら、どうかね」
「さあ?」
「海と同じ大きさの缶に入れたら?」
「俺に聞かれてもわかりませんよ。学校行ってないんだから」
「学校で教えてくれたら俺だって、なぁ、こんなこと今更聞いてないよ」
「なんです?妙なことばっかり」
「船があるだろ、あの船……名前知ってるな」
「iisi?ええ、もちろん。それが?」
「あれ、あの名前おかしいだろ?おかしいんだよ、ある親爺に付けてもらった名前なんだが……哲学のナントカがドウしたっていうんで……つまり『私は私』って言う名前をつけたかったんだよ」
「はあ」
「I is I……って何だ?I am Iじゃないんだよ。その親爺さん英語わかんねぇんだな、間違えてんだよ。『私は私』なのに、三人称なんだ。自分で自分のことを確認してるんじゃなくて、『私』って他者が『私』を確認してるんだな」
「何の話をしたいんです?」
船長は缶を持った手で船の方を指す。
「お前も船着き場で働いてんなら、関係のある話なんだ。あの船を、なおすだろ。全部なおすんだよ」
「で?」
「もう四五回は修理してるんだが、マストを除いて、最初の時と同じものが一つも残ってないんだ。そのマストも含めて、今回は修理する。つまり、まるっきり最初の時と同じ物じゃないんだな。それでも俺達はあれをiisi号だって言うだろ?」
「そうですね。俺は多分、そう言うと思います」
「なんでだ?」
「さあ?同じ形をしてるからじゃないですか?」
「同じ材料じゃないんだぜ?」
「じゃあ同じ材料ならいいんですか」
「同じ材料を使って……そうだな、あの材料をバラバラにして小屋を組み立てたら、それはiisi号か?」
「違うでしょうね」
「放っておいて朽ちて藻屑になっちまったらiisi号か?」
「ううん……わからないな」
「焼いて灰にしたら?」
「それは違う。もう船でも何でもない」
「じゃあ、船だったら良いのか?」
「少なくとも船じゃないと」
「マストや甲板を全部ひっぺがして海に浮かんでるだけでも?」
「ええ、ええ。それはまだ船だし」
「じゃあ、船底にドでかい穴が開いてたら、船としちゃ使えないから船じゃなくなっちまうわな?」
「それも違う気がするな……」
「あの船を全部ぶっ壊して灰にして、別の……アララト山で別の材料を使って同じ形の船を作ったら、それはiisi号だろうか?」
「別の場所、別の材料、別の人の手になる……同じ、かな?」
「形が同じだから?」
「じゃあ、紙のハリボテで同じ物だったらどうなんでしょうね」
「紙じゃあ沈んじまうしな」
船長、と堀の深いいささか甘ったるい顔をした男が走りよってきた。
「うん?」
「なんだか、大砲を取り外すとか言う話ですよ」
「なんで?」
「さてね。しかし、予算の関係上、大分形は変わっちまうらしいですが」
「そうかい」
それだけ言うと男は走り去る。
船長は鼻を揉んだ。
くしゃみが出る。
「水面に映った、もしくは鏡に映った、絵に描いたiisi号は?」
「違う物でしょ?」
「でも形は同じだ。……あの船、形変わっちまうんだなぁ」
「それでも同じ物ですよ」
「そういう気がする」
もう一度、くしゃみが出る。
「例えば、俺達が全滅してさ。誰も人間がいなくなって、機械が時々思い出した様に船を修理し続けて、どんどん形が変わっちまったら、どうなんだろう?」
「誰も名前を呼ばないんだから、なんとも」
「名前ねぇ……」
外観は……何でもいが、50人程が乗れる物で良いだろう……ただ、激しい航海だったのだろう、あちこち傷がついてしまっている。
船の名前は例えば「iisi」号で良いだろうか。
この船は今から修繕されるべく船大工達の手にかかっていた。
船長は港でぼんやりとそれを見ている。
若い人足が空き缶にコーヒーをいれてやってくる。
ふ、と沖合いに眼をやりながら「ところで」と問う。
「海ってのはどれかね?」
男はぎょっとする。
「それですよ、それ」
「この水たまり?」
「そうですとも」
「それじゃあ、お前が渡してくれたこの缶……コップ……いや、なんでもいい、これにだね……こう海に突っ込んで水を入れるとするだろう?そしたらこの空き缶の中に入ってるのは海かね?」
「さあ、違うんじゃないですか?」
「じゃあ何?」
「海水」
「なら、この空き缶を海に突っ込んだままにしておいたら、どうかね」
「さあ?」
「海と同じ大きさの缶に入れたら?」
「俺に聞かれてもわかりませんよ。学校行ってないんだから」
「学校で教えてくれたら俺だって、なぁ、こんなこと今更聞いてないよ」
「なんです?妙なことばっかり」
「船があるだろ、あの船……名前知ってるな」
「iisi?ええ、もちろん。それが?」
「あれ、あの名前おかしいだろ?おかしいんだよ、ある親爺に付けてもらった名前なんだが……哲学のナントカがドウしたっていうんで……つまり『私は私』って言う名前をつけたかったんだよ」
「はあ」
「I is I……って何だ?I am Iじゃないんだよ。その親爺さん英語わかんねぇんだな、間違えてんだよ。『私は私』なのに、三人称なんだ。自分で自分のことを確認してるんじゃなくて、『私』って他者が『私』を確認してるんだな」
「何の話をしたいんです?」
船長は缶を持った手で船の方を指す。
「お前も船着き場で働いてんなら、関係のある話なんだ。あの船を、なおすだろ。全部なおすんだよ」
「で?」
「もう四五回は修理してるんだが、マストを除いて、最初の時と同じものが一つも残ってないんだ。そのマストも含めて、今回は修理する。つまり、まるっきり最初の時と同じ物じゃないんだな。それでも俺達はあれをiisi号だって言うだろ?」
「そうですね。俺は多分、そう言うと思います」
「なんでだ?」
「さあ?同じ形をしてるからじゃないですか?」
「同じ材料じゃないんだぜ?」
「じゃあ同じ材料ならいいんですか」
「同じ材料を使って……そうだな、あの材料をバラバラにして小屋を組み立てたら、それはiisi号か?」
「違うでしょうね」
「放っておいて朽ちて藻屑になっちまったらiisi号か?」
「ううん……わからないな」
「焼いて灰にしたら?」
「それは違う。もう船でも何でもない」
「じゃあ、船だったら良いのか?」
「少なくとも船じゃないと」
「マストや甲板を全部ひっぺがして海に浮かんでるだけでも?」
「ええ、ええ。それはまだ船だし」
「じゃあ、船底にドでかい穴が開いてたら、船としちゃ使えないから船じゃなくなっちまうわな?」
「それも違う気がするな……」
「あの船を全部ぶっ壊して灰にして、別の……アララト山で別の材料を使って同じ形の船を作ったら、それはiisi号だろうか?」
「別の場所、別の材料、別の人の手になる……同じ、かな?」
「形が同じだから?」
「じゃあ、紙のハリボテで同じ物だったらどうなんでしょうね」
「紙じゃあ沈んじまうしな」
船長、と堀の深いいささか甘ったるい顔をした男が走りよってきた。
「うん?」
「なんだか、大砲を取り外すとか言う話ですよ」
「なんで?」
「さてね。しかし、予算の関係上、大分形は変わっちまうらしいですが」
「そうかい」
それだけ言うと男は走り去る。
船長は鼻を揉んだ。
くしゃみが出る。
「水面に映った、もしくは鏡に映った、絵に描いたiisi号は?」
「違う物でしょ?」
「でも形は同じだ。……あの船、形変わっちまうんだなぁ」
「それでも同じ物ですよ」
「そういう気がする」
もう一度、くしゃみが出る。
「例えば、俺達が全滅してさ。誰も人間がいなくなって、機械が時々思い出した様に船を修理し続けて、どんどん形が変わっちまったら、どうなんだろう?」
「誰も名前を呼ばないんだから、なんとも」
「名前ねぇ……」
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